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2014年9月22日 (月)

フォロワーさんとのやりとり

先日、フォロワーさんとツイッターでやりとりしました。
このフォロワーさんも風俗業にたずさわっている方です。

風俗嬢の毒舌な妹bot
お店の女の子をご飯に誘うくらいいいじゃないってよく言われる。
そもそも外で会おうと誘おうとすること自体ルール違反なのになぜ?

GIMA(ギマ)
誘ったわけではなくて、「今度**日に行くね」と連絡すると、「じゃあ店に出る前にご飯一緒に食べようか」なんて嬢から言われて、食事するのはアリと考えてよろしいんですよね? 昔の体験談ですがw

風俗嬢の毒舌な妹bot
女の子から言う場合は何かメリットがあると思っているからでしょうね。
自分にもメリットがあると思えば行けばいいですし、ないと思えば行かなくていいものだと思います。

GIMA(ギマ)
嬢にとってのメリットって、あったのかなあ。食事代はおごってくれましたしねー。常連をつなぎ止める営業の一環と言えば言えるかも知れませんが、そんなのがなくてもオキニである事に変わりはありませんでしたしねー。惚れられてるかもと思うほどウブでもないですしw

風俗嬢の毒舌な妹bot
でも、何かしらのメリットがあったんでしょうね。
人にはよるので、詳しくはわかりませんが、何もメリットなくてなかなか誘えるものではないです。
メリットはお金に関することだけではないですしね。

GIMA(ギマ)
そうですね。嬢と客という関係ではありましたが、いつも気持ちよく(性的な意味ではなく)応対してもらっていましたね。親しく話せる間柄にはなりましたが、お互いに、過度になれなれしくなったりはしませんでしたし。いい思い出です。

風俗嬢の毒舌な妹bot
それがいい距離ですよね。
いい距離のお客様という安心感は非常に大きなものだと思います。
そういうお客様が多いといいんですけどね…。。

GIMA(ギマ)
ああ、「いい距離」という表現、非常にありがたいです。いくら親しくなったとは言え私も客の一人ですから、それなりに気を遣ってくれていたとは思いますが、ベッドに横になっている時に嬢が眠ってしまう程度には緊張を解いていてくれたかなと。
それでは本日はこれにて。

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2014年9月19日 (金)

ソープの思い出32

久々にソープこぼれ話。
ソープ嬢にプライベートな事を聞いたりはしないので、彼女たちが自分から話した事以外は知らない。
それでも、ほんの少し、うっすらと彼女たちの人生が垣間見える事は、ある。(続く)
「家を買う」と言っていたシングルマザーの嬢、こちらから聞いたわけではなく、どういうきっかけだったか、実年齢や子持ちである事を教えてくれた。「ほんまに? 妊娠線とかないやん」と驚いた私が思わず聞くと、「あるよ。ほれほれ♪」と見せてくれた。(続く)
その嬢とはまた別で、結婚歴があった嬢がいた。(結婚歴がある嬢はゴロゴロいる)
「あたし、子供ができないから」と、あるとき彼女が言った。
離婚(たぶん離婚したのだと思うのだが)理由はそれかな、と思った。(続く)
これまで何度も書いた韓国籍ソープ嬢。韓国籍と書いたが、日本での永住権を持っていた。彼女の出身は釜山で、釜山にいた頃は飲み屋で働いていたそうだ。その頃から売春的な仕事をしていたのかは不明。その時か日本に来てからか、日本人と結婚して彼女は永住権を得た。(続く)
結婚して永住権を得てから小倉のソープランドで働く事になった経緯は聞いていない。私が彼女と出会った時点で、彼女は離婚していた。離婚しても永住権は残るので、彼女は強制送還とかそういう事には関係なく、小倉で仕事と生活ができた。(続く)
退店した嬢のその後を知る事はほとんど不可能と言っていいのだが、唯一の例外が、韓国籍の嬢。彼女の場合、退店後は新人のトレーナーになった。ソープでのプレイ内容やその流れを教える役目。その他に、店内の掃除や閉店後の片付けなどもやっていたようだ。(続く)
以前にもちょっと書いたが、退店理由が年齢的にキツくなってきたという事だったので、店内の雑用もキツくなってきて、そんな頃、オーナーの奥さんの紹介で、再婚したという。(オーナーの奥さんとは仲良しで、買い物とか食事にもよく行っていたそうだ)(続く)
続くとはしたものの、知っているのは実はここまで。ヘビースモーカーだったし現役の時にちょっと身体をこわして入院したりもしたので、今も元気かどうかが心配。馴染みのソープ嬢と言うよりは、もう少しだけ好きな女性だったから。彼女曰く、私は弟みたいなんだそうだw
縁あって知り合った愛すべき風俗嬢の彼女たちみんな、幸せな人生を送っていますように。

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2014年9月 3日 (水)

ソープの思い出31

小倉の韓国籍ソープ嬢と雑談していて、よく指名するお客の中に、70歳だか80歳だかぐらいのご老人がいるというので、驚いて、 「……出来るの?(ご老人が能力的に)」 と訊くと、 「出来る」と言うので、さらに驚き、かつ感心した。
前にもちらっと書いたけど、この韓国籍ソープ嬢は年齢的にはけっこういっていたけれど、その分気配りも出来る女性で、接客もていねいだったと思う。だから指名もかなり取っていた。

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ソープの思い出30

画像は麻生早苗さんというAV女優です。以前、私がソープこぼれ話でエピソードをいくつか書いた、シングルマザーで家を買った嬢、この麻生早苗さんにそっくりでした。実際、本人なのではないかと思ったほどで、DVDを見て確認したりしました。

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顔だけではなく、体つきなどのプロポーションもDVDと自身の記憶wを比較して、麻生早苗さん本人ではない、別人だという結論に至りましたが、なんかドキドキしましたね。美人だし、接客はていねいだしで、かなりの指名がついていたはずです。
顔の輪郭とか、涼しげな目元とか、ほんとにそっくりでしたね。ただ、麻生早苗さんの公式データによる身長と嬢の身長がかなり違っていたのと(嬢は小柄でした)、バストの形が乳首形状も含めて微妙に違っていたのでw
元気にしてるかな。お嬢さんも大きくなってるはずだけど。

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ソープの思い出29

ソープこぼれ話。
オキニだった小倉ソープの韓国籍の嬢、収入が200万/月だったことがあったと聞いた。それはひとえに、彼女のがんばりによるものだったろう。
年齢的には少しいっていた嬢だったが、指名がバンバンついていたそうだ。接客態度がよかったのだろうと思う。そういうのって、大切。

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ソープの思い出28

台風が通過中なので、台風がらみでソープこぼれ話。
小倉のソープ嬢にのめり込んでいた大阪在住の私。九州旅行の最終工程に小倉宿泊というパターンが多かったのですが、往復新幹線を利用して日帰りというパターンもありました。 (何も言わんでください。当時の私はバカでしたw)
で、その日も日帰りパターンでした。当時のオキニはおおむね午後2時ぐらいから出勤というスケジュールが多かったので、昼過ぎに小倉到着、時間をつぶして予約時間に入店、なんやかんやで1時間半後ぐらいに店を出る、という感じ。その日も、そういう予定のつもりでした。
実はその日、台風が接近していまして、帰りの新幹線の運行もちょっと危ない状況でした。で、いつも通り店でなんやかんやの後、小倉駅に行くと、なんということでしょう。新幹線が止まっておりました。ただちにいつも泊まっているビジネスホテルに宿を取り、事なきを得ました。
新幹線の方は、指定列車に乗り遅れた場合は翌日の自由席に乗れる規定があるので問題なし。宿も取れて安心した私は、ほっとしてビジネスホテルに向かいました。
馴染みのソープは、その隣です。ついさっき店を出た私が戻ってきたのを見た店長が、あれっという顔をします。
私「駅に行ったら台風で新幹線が止まってるので、今日はこっちに泊まります」
確かその日は、ソープも早仕舞いしたように思います。

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ソープの思い出27

久しぶりに、ソープこぼれ話。 その日、嬢には事前に行くことを伝えていて、ソープ隣のビジネスホテルにチェックイン後、夕方の予約時間まで、ぶらりと近くの市場に買い物に行くことにした。嬢への手土産を買うついでもあったし。
市場へ行くまでに、片側4車線ほどの道路を横断するのだが、信号を渡って、その先にある商店街にさしかかったところで、肩をどーんと正面から突かれた。 なんやなんや、なにすんねん、と驚愕して、肩を突いた相手を見ると、当時のオキニ、韓国籍の嬢であった。
「なにしとるん!?」と嬢。
「いや、買い物に**屋(近くのデパート)まで」と、おどおどと答える私。(なぜキョどるw)
「これから店に?」とか、世間話を少しして、「じゃあ夕方行くからー。もう予約入れてるから」と言って、別れた。
まあそれだけの話ですw

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ソープの思い出26

小倉の韓国籍ソープ嬢に2度目に入ったとき、自作の絵をプレゼントしたことは以前につぶやいた。
このときは具体的な画題はなく、確か風景画がいいと聞いたような。「なんか描いてあげようか」と私は言ったのだ。
そう言ったのは、個室を出る別れ際。彼女はうれしそうな顔をしたけれど、「でももう、来ないでしょ?」とぽつんと言った。 投げやりというのでもなく、「どーせまた来るつもりもないくせに」というような感じでもなく、本当にその時の心情がぽろっと口からこぼれたような。
誓って言うが、私は本当に、次に来るときは描いた絵を持ってくるつもりだった。「信じてないのかよ。じゃやーめた」とは、まったく思わなかった。むしろ、絶対に描かないとな、と思った。事実、大阪に戻った日から、描き始めた。
どれぐらいしてからだったか……とにかく絵が描き上がって、私は再び小倉へ向かった。ビジネスホテルにチェックインし、荷物を下ろして、ソープに行って、その時は確か、すぐに入らずに、6時か7時ぐらいで予約して、その時間になるのを待って出かけたと思う。
予約時間の少し前に行き、入口前に立っているボーイさんに「予約入れてまーす♪」と声をかけて入店。フロントで「**さんを予約しているGIMAです」と言って、入浴料を支払う。待合室で待つことしばし。「**さんご指名のGIMA様、お待たせしました」と呼ばれた。
待合室で待っている間、実はすごく不安だった。彼女は自分を覚えてくれているだろうか。絵を描いて持ってくるという約束を覚えているだろうか。「は? 絵? なにそれ」なんて言われたらどうしようかと。待合室を出ると、ドアの前に彼女が膝をついて座っていた。
「本日はご指名ありがとうございます」と言ったあと、顔を上げて私の顔を見た彼女が、「あ」という表情になった。ああ、覚えていてくれたんだな、と私は胸をなで下ろした。個室は2階。「ホントに来てくれたっちゃねー♪」彼女がうれしそうに言う。
個室に入って、上着なんかを脱いでハンガーに掛けてもらいつつ、私は手提げ袋に入れた、描き上がった絵を彼女に手渡した。
「はいこれ。できたよ♪」
受け取った彼女は不思議そうな顔をしている。袋から取り出した絵を見て、彼女は歓声を上げた。
「なにこれ。うちにくれると?」
両手に持った絵と私とを交互に見ながら、彼女は言った。どう反応していいのか、とまどっているように見えた。「約束したし」私が言うと、「うれしー、ありがとー」彼女はそう言って絵を抱きしめた。少しして、「あ!」と声を上げた。
「お礼どうしよう。どうしたらいいと?」
おろおろと、彼女が言う。
「いや、あげるって約束したから、何もいらんて」
「あかんちゃ-。どうしよう……」
やがて彼女は、私物入れのキャビネットから、タオルセットを取り出し、「これ持って帰って?タオルやけど」
そうして、その日、私は彼女が日本人ではないこと、韓国人であることを聞いたのだった。彼女との初対面から2度目に会ったときまでのことを、後に私はフィクション化して漫画に描き、個人誌として「小倉へ二度」という冊子にまとめた。
冊子が完成したのは、もうかなり彼女と親しくなった頃で、完成本を彼女に進呈すると、同僚たちに見せたのか、「もっと欲しい」と言われ、10冊ほど送った。他の同僚たちも喜んでいたようらしいので、風俗嬢の神経を逆なでするような描写はなかったようだと、ほっとした。
その本、知人友人に配りまくったが、まだ数冊ほどは我が家にある。今となっては青臭いことも書いていて、かなり恥ずかしく、読み返すことが出来ない。まあ、これもまた、いい思い出である。

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ソープの思い出25

過日ツイートした、小倉の韓国籍のソープ嬢にプレゼントした(正確には買ってもらった)イラストが、こちらです。原画は進呈したので、これは写真複製したものをデジカメ撮影。ヘアスタイルは、本人に似せています。

Reika
あ、これ完全アナログ絵です。デジタル絵のスキルないんで。画材はアクリルガッシュ。

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ソープの思い出24

うん。これを紹介しておこう。小倉ソープに初めて行ったときの事は書いたけど、これはそれ以前の、「なぜその店に入ったのか」編。
すでに何度か書いているとおり、小倉のソープ街、ソープランドが立ち並ぶ端に、一軒の割と大きめのビジネスホテルがある。小倉駅に近いので、客はビジネスマンがほとんど。ソープがすぐ近くなので、そういう目的の客にとっても便利。それはつまり、私。
夕刻を少しすぎた頃。一通り全体を把握しようと思ってホテルを出ると、ホテルが数えて2軒目のソープ前に立っていたボーイさん(か、店長クラスか、失念)が声をかけてきた。その店とホテルの間にあるもう一軒のソープは、後に未成年を雇っていたということでつぶれる。
「いい子いますよ」としきりに勧めるが、どうせなら他の店の様子も見たいなーとか思ってためらっていると、その店員は、「だいたいみんなね、恥ずかしがってすぐ隣に入ってしまうんですけどね、うちにも可愛い子はいっぱいいますから」と言う。今にして思えば、妙な理屈だが。
目当ての店があるわけじゃなし、まあいいかと思ってその店に入ることにした。(店員の思うつぼw まあ無理矢理引きずり込まれたわけじゃないし)玄関で靴を脱ぎ、入ってすぐのフロントで「入浴料」を支払い、待合室に案内された。
そうして対面したのが、韓国籍の嬢だった。

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ソープの思い出23

韓国籍のソープ嬢に聞いた話。別府などの温泉地にもソープはあるが、観光客=一見(常連にならない)のため、サービスは今一つであることが多々あるとか。小倉ソープ街は観光エリアではないので、常連客が多い。この言い方が正しいかどうかは不明だが、アットホームな感じw
小倉駅周辺は、言わば猥雑な繁華街。ソープの予約時間までに買い物に行こうと、駅までブラブラすると、ばあさんが「兄ちゃん遊ばへん? ええ子おるよ」と声をかけてくる。無視するよりも、「ソープ行くから」と言った方が、解放してくれる。
また、その場合とは別に、予約しているソープに行くのに、別の店の前を通る場合も、たまにある。その際も、「いや、**(店名)で予約してるんで」と言えば、「そうですか! 次回はうちでお願いします」などと返ってくる。強引な客引きはあまりない。アットホームw

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ソープの思い出22

未成年と言えば。
当時足繁く通っていた小倉のソープランドは、泊まっていたビジネスホテルの、2軒となり。間にはもう一つソープランドがあった。(そのエリアはソープランドが集結したソープ街)ある日行ってみると、その店があった場所が更地になっていた。
私が行っていた店は普通にあるので、いつも通りに入店して、嬢に訊いてみた。すると、未成年を雇っていたとかで、問答無用で閉店、取りつぶし。個室内での行為は必要悪的に見逃されているけど、こういう事には容赦ないんだなあと驚いた。
ただ、この場合店も気の毒な部分があって、よくニュースで報道されるように、「未成年と承知の上で雇っていた」とは限らない点。お金のために(家出中とかそんな理由で)、年齢を詐称して雇ってもらうこともあるとか。年齢確認は、たとえば姉の保険証を使うとかして。

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ソープの思い出21

性懲りもなくソープの話。
初対面~数回入る程度だとまだまだだけど、回数を重ねて馴染みになると、お互いの趣味だの得意なことだのも話すようになる。私の場合は料理やお菓子作りが好きなので、そんなことを。
そんなある日のこと。相手は家を購入したシングルマザーの嬢。ちょっと真剣な顔で訊いてくるので、何事かと思うと、芋の煮っ転がしが黒くて見栄えが悪いが、色が付かないようにできないものか、と。そういうことなら得意分野である。
「濃口醤油じゃなくて、薄口醤油を使えばおっけ」と私。「もっと色を薄くしたいのなら、白醤油」 こんな世帯じみたことばかり話してましたなw
こちらからはクッションタイプのシールをプレゼントしたりお菓子を差し入れたり、向こうからはバレンタインデーのチョコを家に送ってくれたりしていた嬢、ある日突然辞めた。
店の店長に事情を聞いたところ、親バレして家に帰されたと。家出していたのかなあ。
未成年ではなかったです。

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ソープの思い出20

あ。突然思い出した。先日連続ツイートした、ソープ嬢への手土産の話。
店に持参するものばかり考えていたから失念していたが、韓国籍の嬢には、店宛てにして、年賀状や暑中見舞のハガキを送っていた。彼女は日本語は読めないので、ハングルで。
やっぱり変な客だったな、自分。
ソープ嬢への手土産の話。嬢個人への手土産や貢ぎ物というのは、よくある話。私の場合、それに加えて年賀状だの、その日出勤しているすべての嬢に行き渡るぐらいの差し入れを持って行ったりしていたから、同僚から不思議そうに訊かれたそうだ。
「そん人は、なしてそんなにしてくれると?」
韓国籍の嬢がなんと答えていたのかは、知らない。教えてくれなかったし。あの当時、なぜそんなことをしていたのかな。気前のいい客を気取っていたつもりでもないんだけど。

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ソープの思い出19

家を買った嬢でもう一つ。もらったというのとは少し違うけれど、あるとき、入店して彼女の個室に入ってすぐ、彼女が「お腹空いてる? ラーメン食べん?」と訊いてきた。
「はい?」
「出前できるよ」
「えーっ」
「じゃあ言うね♪」
すぐに、ラーメンが個室に運ばれてきた。
そりゃ食べましたけど、美味しかったけど、ソープランドの個室内でソープ嬢と二人してラーメンを食うって、ありですかね? このあとこの部屋に入った客はどう思うだろう。個室内に九州豚骨ラーメンの匂いが充満してるんだよ?
ところで、昨日つぶやいた、ソープランドの個室内でラーメンを食べた話。これは細麺で茹で上がりが早い九州ラーメンだから出来たこと。ゆで時間がかかるラーメンだったら、「遅いねー。先にすることしちゃおうか♪」なんてことになって、真っ最中にドアが開いて(以下略w

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ソープの思い出18

またしてもソープ嬢の話。以前に、私が手土産で持って行ったりプレゼントした物の事を書いたから、今度は逆に私がもらった物を書いてみよう。まあ、数にすれば、当然ながらもらった方が少ないw
まずは、これまで何度となく出てきた、私の初めてのオキニとなった韓国籍のソープ嬢。
彼女に会いに行くときは何日か前に連絡して出勤状況を訊いてから行くので、たまに私へのプレゼントを用意してくれていたりした。贈答用のタオルセットとかハンカチセットとか、そんなの。
その韓国籍ソープ嬢が、同じ店に勤める友達と共に、大阪の造幣局の通り抜けに来たとき、ガイド兼カメラマンとして丸一日つきあった。その後、次に彼女に会いに小倉に行ったとき、彼女と友達から一着ずつ、しゃれたデザインのシャツをもらった。確か今もまだあるはず。
あとは何があったかな……店内でもらったわけではなくて、出勤前に待ち合わせて、一緒にご飯を食べたりもしたな。もちろんおごってくれた。天ぷら屋とか、定食屋とか、焼き肉屋とか、喫茶店でお茶を飲んだり。
韓国籍の彼女が退店したずっとあとで馴染みになった嬢からは、バレンタインデーに箱入りのチョコレートが我が家に宅配されたな。ええ、住所を交換していました。たまに手紙もやりとりしていたかなあ。どうだったっけ。何通かもらったのは確実。
また、お金を貯めて家を購入したシングルマザーの嬢の場合、彼女とも出勤前に待ち合わせて、デパートの食料品売り場であれこれ土産を買ってもらったり。こうして考えると、ソープ嬢は総じて気前がいいね。一歩間違えるとホストにつぎ込んだりするんだろうけどね。

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ソープの思い出17

彼女が生まれ育った韓国という国を知る手段の一環として、私は韓国に行くことにした。さすがに初めての韓国行きは不安だったので、すべての日程が設定された旅行を申し込んだ。多少不愉快な出来事もあったが、初めての韓国旅行としては、なかなか実りある旅行だったと思う。
初めての韓国旅行では母親にもつきあってもらったのだが、2度目の韓国旅行では、単独行であった。現地ではツアーなど一切なしの、オールフリー旅行であった。事前に韓国行きを彼女に伝えていたので、彼女から買い物を頼まれた。韓国の常備薬で、日本では売っていない物らしい。
今でも覚えている。商品名は「セレストンG」という、チューブに入った軟膏薬だった。抗生物質が入っているので、よく効くとのこと。これを10本買ってきて欲しいと頼まれ、私は快諾した。
日本での旅行でもそうなのだが、私は現地の市場を歩くのが大好きで、韓国旅行の場合も例外ではなかった。東大門市場、南大門市場を歩きまわった。ソウル内での移動手段は地下鉄か徒歩であった。
彼女から頼まれた薬を売っている店は、明洞で見つけた。韓国ではどこででも売っている薬なので、普通の薬屋さんである。「アニョハセヨー」と言って、私は店に足を踏み入れた。とにかく購入するために一夜漬けした韓国語で、「セレストンGチュセヨ」(セレストンGちょうだいな)と言った。
薬屋の、60代ぐらいの親父さんは私のたどたどしい韓国語をいぶかりつつ、棚からセレストンGを一つ、取り出した。私はあわてて、顔と手を振って否定のジェスチャーをし、「ヨル、ヨル(十個十個)」と言った。親父さんはちょっと驚いて、「ヨル……?」とつぶやいた。
セレストンG十個分の代金を支払うと、親父さんは「あなたは日本人か」と私に訊いた。「ネー(はい)」と私が言うと、なぜ十個もいるのか、と訊いた。私は日本に住んでいる韓国の人に頼まれたのだ、と答えた。親父さんはなるほどというように、ふんふんとうなずいた。
実はこの薬屋で、少しどきっとしたのだ。正しい商品が買えるように彼女からセレストンGのチューブをもらっていたのだが、薬屋で「セレストンGチュセヨ」と言ったとき、此のチューブを差し出した。すると親父さんは私の手からチューブをもぎ取った。
ああ、やはり反日感情が。と私は思ったのだが、それは全くの危惧であった。親父さんは普通に売ってくれて、「ワタシニホンニイタコトアル」と話してくれた。当時すでに反日嫌韓問題はくすぶりつつあったし、私自身、韓国への単独旅行ということでかなりナーバスになっていたのだと思う。
その後、明洞にあるデパートの地下食料品売り場で、現地のカップ麺をどっさり買い込んだ。言うまでもなく、彼女への土産。さてお支払い、となったとき、売り子の女の子が「**p;lgmn」と言った。値段を言ってくれたと思うが、こちらは当然わからないので、可愛く首をかしげてみたw
すると売り子の彼女は私が韓国人ではないとわかったようで、持っていた電卓を私に見せた。こくこく、と、うなずく私。ここでの買い物も、滞りなく終了した。
オールフリータイムの旅行だったので、ガイドや添乗員は付かない。現地の旅行スタッフと顔を合わせるのは、現地に着いたときと現地を発つときの2度だけ。帰りの現地スタッフは女性だった。ゲートに入るまでに時間があったので、彼女と少し話した。
「オプションを申し込まれていませんでしたが、ビジネスでいらしたのですか」と彼女は私に訊いた。「いえ観光です。東大門市場や南大門市場、明洞に行きました」「日本に韓国の友達がいるんですが、韓国がどんな国なのか知りたくて」私がそう言うと、彼女は驚いたような不思議そうな顔をした。
本気で彼女は疑問だったのだと思う。そんな目的で韓国に来るイルボンノムがいるのかと。何しろ、当時の韓国は男性天国だったのだ。家族旅行ならともかく、男の単独旅行で、女を買わない者など、いるはずがないのだった。
ここでちみっといい格好をさせていただく。ソープランドに通っているのだから、金で女性を買っているのはまぎれもない事実。だが、韓国ではそのつもりはなかった。韓国で女遊びをしたら、小倉のソープランドの嬢に失礼になるような気がして。だから、その手のエリアには近づきもしなかった。
韓国語では「先生」のことを「ソンセンニム」という。現地スタッフ女性にそのことを質問した。「姓にソンセンニムを付ければいいのか」と。彼女は、ソンセンニムを付ける場合は、フルネームの後に付けるのだ、と教えてくれた。変なイルボンノム(日本人)だと思われただろうなw

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ソープの思い出16

二度目に彼女に会いに行ったとき、私は自作の風景画を彼女に進呈した。画面いっぱいの菜の花畑の中に、一人の少女が立っている風景。
さらに何度目かに店に行ったとき、私は彼女に、「あなたの絵を描かせて欲しい」と言った。
どんな絵を描くかは、そのときは彼女には言わなかったが、心づもりはあった。彼女をモデルにして、チマチョゴリを来ている姿を描こうと。
だが、チマチョゴリという民族衣装がどのようなものか、そのときの私は知らなかった。
そこで私は、韓国市場内にあるブティック(ここは母親が親しくしていた)に、韓国の民族衣装を描きたいので、お店を紹介して欲しい、と頼んだ。紹介してもらった民族衣装専門店に、着る女性の年齢によるデザインの違いなどをうかがい、正確に描けるように、細部まで写真に撮った。
実のところ、私が日本人であるということで、あまり(かなり)いい顔はされなかったのだが、それは仕方あるまい。ざっくりとした下絵を描いた後、B3サイズのケント紙に、彼女の絵を描きはじめた。ずいぶん時間がかかったように記憶している。
完成した絵は額装し、店に持参して、彼女に手渡した。で、ここでこれを言うと非難されそうな気もするが正直に言ってしまうと、この絵は、彼女に「買ってもらう」ことを約束していた。いくらにしようかと双方で相談して、3万で買ってもらった。絵を見た彼女は、とても喜んでいた。と、思う。

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ソープの思い出15

ところで、初めて入ったソープランドで、初めて出会ったソープ嬢が、韓国籍の女性だったわけだが、すぐに韓国籍とわかったわけではない。ごく普通に日本語で会話していたが、かすかに違和感があった。九州とか、そういう方言的ななまりではなかった。
日本人以外の国の人特有のなまり。つまりこの女性は日本人ではない。それは確信を持った。ただ、それを問う事はできなかった。前述の通り、嬢の事情を問うのはタブーと思っていたし、ソープに入ったのは初めてだったので、ソープランドで働くのは韓国や台湾/中国の女性ばかりなのかと少々動揺した。
私のそんな内心には関係なく、嬢は決められた手順ながら、ていねいな仕事で私に接した。結局、初めて彼女と出会ったその日は、彼女の出身地は訊けないままに終わった。
それはそれとして、ソープランドでの遊びは楽しかったので(すでにハマっているw)、さほど間を置かず、もう一度その店に行き、今度はフリーではなく、彼女を指名した。これを業界用語で「裏を返す」という。もちろん、彼女は喜んでくれた。(裏を返すと、たいていの嬢は喜ぶ)
二度目であり、裏も返しているので、初対面よりは幾分親しく会話をやりとりしつつ、以前と同様の流れで入浴とかいろいろ。一通り済ませてベッドの端に座って缶コーヒーなどもらって話しているとき、意を決して私は訊いた。
「**さんはどちらの出身ですか」と。
「福岡」とか「熊本」という返答を私が求めているわけではないのは、私の口調からも彼女に伝わったと思う。ほんの一瞬、彼女の顔がこわばった。少し間を置いて、彼女は「韓国」と言った。ああやっぱり、と私は思い、納得した。
言葉のかすかななまりから、韓国か台湾か中国かのどこかだろうなと思っただけで、だからどうというわけでもなかった。「言葉が少し違っていたからね」と私は言った。私が韓国という国に関心を持ったのは、おそらくこの瞬間だったろうと思う。
私は大阪在住であるので、在日韓国人は周辺にたくさんいるし、私にとっては特にどうということもない存在だった。それが、少し変わった。「彼女が生まれ育った韓国という国は、どんな国なのだ?」
私は韓国関係の旅行書、ガイドブック、エッセイなどを買い集め、読みふけった。現在の私の韓国に関する知識は、そのときに吸収したものと言っていい。

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ソープの思い出14

韓国籍の嬢に会うために店に行くときは、手土産はそのまま持参するわけだが、都合が合わない場合は宅配便を使用した。ただし、彼女の自宅住所は知らないので、彼女が勤める店、すなわちソープランドに送った。店の住所、店名***内+++様という風にして。これで、彼女には無事届いた。
送った物は、どってことないものばかり。北海道旅行したときに箱入りトウモロコシとか、リポビタンDを安売りしていたので、50本入り箱とか、そんな。差出人には私の住所氏名をちゃんと記入していたから、店への手土産と併せて、覚えられないはずがない。

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ソープの思い出13

ちょっとだけ真面目な話。風俗嬢の事情を根掘り葉掘り聞くのはやめましょう。余計なお世話ですし、確実に嫌われます。お金で性的サービスをしているとは言え、彼女たちも一人の女性です。射精のための道具ではありません。礼儀正しく接してください。
ちょっとだけ真面目な話その2。お気に入りや馴染みの風俗嬢に手土産を持って行くのはかまいませんが、喜ばれるとは限りません。本心では迷惑と思われている場合もあります。まして、どうでもいい客からの高額な貢ぎ物は、嬢に恐怖心さえ抱かせます。物では嬢を独占できません。

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ソープの思い出12

先ほどもつぶやいたが、韓国籍の嬢への手土産は、韓国食品が多かった。小倉にある市場にもキムチを売っている店はあったのだが、ちょっとディープな食品になると、やはり鶴橋市場に軍配は上がる。彼女の好物はケジャンであった。
ケジャンというのは、生のワタリガニを丸ごと韓国の唐辛子ダレに漬け込んだもの。これを注文すると、カニは当然だが、タレも入れてくれる。いつも、喜んで受け取ってくれていた。
ケジャンを喜んで受け取ってくれてはいたが、たまに「高いけん、もういいから」と言ったりすることもあった。
遠慮してのことだが理由はもう一つあって、彼女はケジャンの唐辛子ダレを白ご飯にかけて食べるのが大好きなのだが、食べ過ぎてしまうので困る、ということだった。
それを聞いた私は、次回の手土産購入時、店にわがままを言って、ケジャンの唐辛子ダレをたっぷりと入れてもらうようにした。
「たれをご飯にかけて食べるのが好きなんだって」と店の人に言うと、うなずきながら、「それは、絶対美味しいから♪」と言って、さらにサービスしてくれたw

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ソープの思い出11

なにごとにも最初はあるものだけど、初めてソープに行くときは緊張したなあ。
まず、料金システムがよくわからない。当時はインターネットもまだまだだったし。
風俗雑誌を熟読して、入浴料とサービス料なるものがあるのはわかった。ただ、総額でいくらになるのかはっきりわからず、不安だった。
たとえるなら値札のない寿司屋に入る気持ちだろうか。いざ支払いの段になって足りなかったら、怖いお兄さんにボコボコにされるのではないか。そう思って、かなりの余裕を持って店に入った。初めて入るわけだから、指名も何もない、いわゆる「フリー」だ。
そこで、韓国籍の譲と出会ったのだった。

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ソープの思い出10

ところで、2、3人の例外はあったものの、ほとんどの嬢の場合は、こちらに何も告げずに退店することがほとんどだった。その例外の一人は、最も長く通った、韓国籍のソープ嬢。することを済ませて、雑談をしているときに、「来月いっぱいで辞める」と。
やはりショックではあった。それなりに情は移っていたし。で、それまでは二月に一度か一月に一度ぐらいのペースが、彼女が退店する直前まで、2週間に一度のペースで通った。
ラストの日。その日が彼女の退店日ではなかったが、次に来たときには彼女はもういない。最後に彼女に上がり、遊んだ後、私は店(ソープ)にほど近いデパートにある生花店で、籠盛りの花を購入した。メッセージカードをもらい、あらかじめ調べておいた韓国語で、これまでの礼を記入して店に送った。
彼女と顔を合わせたのはその日が最後なのだが、実はお互いの連絡先は知らせてあったので、大阪-小倉間で電話はできた。色々お礼を言われたりしたものだ。それでソープ通いが終わればそれなりにいい話だが、彼女から「**という子、いい子よ? 入ってみたら?」などと言われて行く私はバカだw

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ソープの思い出9

以前ツイートしたように、店に行くときは嬢への手土産を持って行くのだが、当然のことながら、嬢の好みはそれぞれ違っていた。
最初にオキニとなった韓国籍の女性の場合は、私が大阪在住ということもあり、鶴橋の韓国市場で購入した韓国食品や消耗品など。
ある嬢は手紙に貼るクッション・キャラクターシール、先の家を買った嬢は日本酒好きなので、ちょっと珍しい5号瓶の日本酒。
それら、各嬢あての個人的手土産の他、その日出勤しているすべての嬢のためにシュークリームとかドーナツとかシューアイスとか、季節によって適当に。
そりゃあ、店の覚えもよくなるわなあ。ちょっと変な客と思われていたかもしれない。

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ソープの思い出8

「お金貯めて、家建てる」そう言っていたシングルマザーのソープ嬢がいて(当時の私のオキニ)、実際に家を購入した。
その手段については色々と批判もあろうが、彼女は頑張り屋さんだった。それは断言できる。
生活のため。借金の返済のために泣く泣く。お小遣いのため。風俗で働く事情としては、やはり前二つがつらいかなあ。ひょっとしたら、従姉妹のように身から出たサビという場合も多々あるんだろうけどな。
先ほどツイートした、家を購入したソープ嬢の話。個室に入っておしゃべりしていたときだったか、アナルSEXの話題になった。
なぜその話題が出たのかは、今となっては思い出せない。単なる戯れ言だったと思う。が、彼女が「してみる?」と言ったので、激しく首を横に振って、遠慮しましたw

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ソープの思い出7

世に人妻系風俗というのは数多くあるが、実際のところ、彼女たちがその仕事をする目的はなんなんだろう。
切迫した生活費。遊行費。ちょっとしたお小遣い。
あと、人妻店だからといって、そこに所属する嬢すべてが既婚とは限らない。ある知り合いは独身だったが、年齢的な縛りで、人妻店にいた。
風俗店に勤める人妻で(シングルマザー含む)、生活のためにその仕事をしている人は、勤務ペースで判断できる。ほぼ毎日、生理休暇以外は出勤している女性は、何か事情を抱えていると思っていい。お小遣い稼ぎのアルバイト感覚の場合は、出勤ペースはかなり気まぐれ。
修羅場まとめなどを読んでいると、借金のカタのために泣く泣くソープランドなどの風俗に勤める場合も、ないわけではないらしい。
私自身は根掘り葉掘り事情を聞き出したりはしていないので、これまで出遭ったソープ嬢の中にそういう事情持ちの人がいたかどうかはわからない。

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ソープの思い出6

そんな風に、「通っている」と言っていいほどにソープランドに行っていると、ボーイさんや店長に顔を覚えられる。
「いつもありがとうございます」なんて言われて、ちょっと複雑な気持ちになったり、そんなある日。
確か、遊んだあとに店を出るときだったと思うのだが、店長が声をかけてきて、「実はわたくし、ここをやめることになりまして」と言う。
別の系列店に移るのかと思うと、そうではなく、この業界から足を洗うと。
話を聞くと、店長は妻子がいて家庭を持っていらっしゃるのだが、子供が大きくなってきたので、子供に言える仕事に移ることにしたと。
ああ、なるほどなあ、と私は深くうなずいた。
職に貴賤はないと言う。
けれども、あまり大きな声で言えない仕事があるのは事実で、風俗業もその一つだろう。
父親の仕事がソープランドの店長というのは、やはり説明しづらいと思う。
こういう事もあるんだなあと、ちょっとしんみりした。
「お世話になりました」とだけ私は言って、小倉を去った。

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ソープの思い出5

風俗業では、嬢が客待ちする待機所があるわけだが、女性ばかりの職場のこと、やはり色々といじめなんかもあるらしい。
以前通っていたソープにいくときには目当ての嬢だけではなく、その日出勤している嬢全員に行き渡るぐらいの差し入れを持参していたのだが、ある日、目当ての嬢(いわゆるオキニ)から「全員分のお土産はいいから」と言われた。
遠慮しているわけではないようなのでよく聞いてみると、「仲の悪い同僚にもあげないといけないから」という事であった。
なるほどと思い、以後、その嬢個人への差し入れにした。
それでも、ときどきは店に対する慰安込みで、嬢全員分ぐらいの手土産を持参することはあった。ただ、その際は入店してすぐに、ボーイさんに「これ皆さんに」と言って渡すようにした。
嬢は「そんなことせんでええのに~」と言っていたが。
私からの手土産を受け取ったボーイさんは「**さんにですか」と言う。「いえ女の子全員に」と言うと驚く。
嬢個人に対する差し入れは常連だったら珍しくないが、女の子全員にというのは滅多にないらしい。オキニも「なんでそんなにしてくれると?」と同僚から訊かれたそうだ。

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ソープの思い出4

嬢とその友達を桜の通り抜けなどに案内した件。
電話でその依頼を受けたとき、嬢は「友達」も連れて行く、と言った。
当日やってきた友達は女性で、嬢よりは若い、三十代前半ぐらいの歳に見えた。
かに道楽で食事したとき、嬢がトイレに立った隙に、私は友達に訊いた。
「あの……**さんと同じお店にお勤めなんですか」と。
おそらくソープランドの同僚だろうとは思っていたが、そうでなかったら失礼だし、同僚だとしても、そう決めてかかって話すのも感心できないだろう。
心情的には、韓国籍嬢の出身国を訊いたときと同じだったな。どう訊けば気を悪くさせないだろうか、と。
友達の答えは、イエス。ほっとした。
それがわかって以降も、それまでと同様に案内したのは言うまでもない。

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ソープの思い出3

韓国籍の嬢が突然電話してきて、造幣局の通り抜けに行きたいから案内してほしいと言われたことがあった。あわてて親戚を殺し、有休を取ったw
嬢来阪当日、一張羅のスーツを着用し、大阪観光もするだろうから、カメラも用意。友達と二人で、やってきた。
まずは嬢の要望で心斎橋に案内。ブティックでいろいろ服を選んでいた。道頓堀のたこ焼き屋へ。続いて韓国市場に案内。その後、造幣局の通り抜けへ。
桜の花見をして、外の屋台で買い食い。そのあと道頓堀に戻って、かに道楽でかにすき。支払いはすべて嬢たち。
かに道楽を出る前に、テーブルに置かれたカニ型の箸置きを嬢に「記念に」と渡す。「いいんですか?」「ダメに決まってるやないですかw」
道頓堀や通り抜けの時に撮影したフィルムをそのまま渡す。(当時はまだフィルムカメラの時代だったのよ)嬢たちは夜行バスで帰っていった。

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ソープの思い出2

これまで、どんなものを嬢に差し入れしたっけ。思い出せるものを列挙してみるか。
シュークリーム。ミスドのドーナツ。このあたり、初めて行く店への定番。
手紙に貼る小さなシール。少しふくらんだ形状のとか。そういうのを集めるのが好きと言っていた嬢なので。
鶴橋の韓国市場で購入したキムチやケジャン(ワタリガニの唐辛子味噌漬け)など。これは前述の韓国嬢に。ケジャンの辛い汁をご飯にかけて食べるのが好きだというので、汁を多めに入れてもらったり。
近所のドラッグストアで安売りしていたので、リポD50本入り箱を店あてに送る。
前にもツイートしたけど、団子3兄弟がブームの時に、串団子を大量に差し入れ。嬢たちにはバカ受けだったそうだ。
あとは何を差し入れたかなあ。とにかくつまんで食べられるものが多かったはず。ね。高価なものは貢いでいないでしょ。
ああ。差し入れというか、韓国嬢が店を辞めることになったとき、最後に店に行ったあと、近くの花屋から盛り花を宛先を店にして嬢宛に送ったなあ。韓国語手紙の書き方を読んで、ハングルのメッセージを添えて。

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ソープの思い出1

女性と手をつないだこともない童貞クンにとって、ソープの入口というのは、とんでもなく敷居が高いものなんだろうなあ。私のように「どもー♪」って入って行くのもいかがなものかとも思うがw
別に高価なものを貢ぐ必要なんてないの。楽しかったのなら、機会があれば次回も指名してあげればいいんだ。そのときに、ちょっと美味しいものなんかを差し入れしてあげれば、嬢は喜んでくれるんだよ。
これまでの嬢へのプレゼントでもっとも喜ばれた(んじゃないかなあと思う)ものは、私が描いた嬢自身の肖像画かな。韓国人女性だったので、チマチョゴリを着せた。チマチョゴリの資料のために鶴橋の市場に行ったり、かなり手間がかかった。ちなみにお礼にお金もらったw
先の韓国人女性嬢へのプレゼント、店に行くたびに差し入れをするのはもちろんだが、その他に、韓国雑誌を店に届くように定期購読手配した。あと、その嬢へだけではなく、夏場などはアイスクリームを在籍嬢の人数分程度を持って行き、受付のスタッフに「これ、女の子たちに」と言って渡した。
受付に差し入れると、「どなたにですか?」とボーイが訊く。「いえ、女の子たちに。控え室に持って行ってあげて」と言うと、驚いた顔をする。それは私が指名する嬢以外の嬢も同様で、「なんでそんなにしてくれるん?」としばしば訊かれたそうだ。(嬢談)
まあそんなことをして月一ほど通っていれば店長に顔を覚えられるのは当たり前で、差し入れの余った分はスタッフに回るので、あとで「今日は何?」とwktkだったそうだw

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