こりゃむずかしいぞ
著者同定など、主要データがおおむね発表された。
微妙に去年とは違うなあ。
作品に対する点を見ると、同じ著者でもものすごくムラがあるみたい。
単純に点とか投稿数とかでは決めかねるような気がする。
著者同定など、主要データがおおむね発表された。
微妙に去年とは違うなあ。
作品に対する点を見ると、同じ著者でもものすごくムラがあるみたい。
単純に点とか投稿数とかでは決めかねるような気がする。
文章技術 +3 体験談希少度 +2 合計点【+5】
まずおわび。体験談希少度も、限りなく+3に近いです。
ただ、ラストになって合計点+6をまき散らすのもどうかと思って。すみません。
「黒い家」のホラー版? いや、あっちもホラー小説だから、「超」怖い話版「黒い家」というところでしょうか。
くたくだしい描写もなく、しかし読み応えはたっぷり。
読後の重苦しさは相当なもの。
怪異が物足りないという意見もあるようです。しかし、先に「これは『怪談』ではない」に書いたように、目に見えるような怪異が怪談のすべてではないでしょう?
先方の家族皆、どこかしら壊れているように思える不気味さ。
これは絶対何かあるなと思わせてから、この家の因果を彼に語らせる構成の妙。
みごとです。
ラストで登場するおばさんは、まさにデウス・エクス・マキナ。
おばさんに一方的に話させて、そのときの彼女の反応が書かれていないのもいい。
おばさんが霊能者だとか、そういうとって付けたような説明がないのもいい。
いや~な雰囲気で構成された怪談の見本のようなお話し。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070312051832
文章技術 +3 体験談希少度 +3 合計点【+6】
最後にこういう大作を読める至福。
これぞまさに「大トリ」と言って過言ではないでしょう。
ある程度の数の怪談を読んでいると、典型的なパターン怪談でなくても、「次はこうなるだろう」「こういうオチ(またはラスト)だろう」と考えるようになります。
創作で言えば、「これは夢オチ」「これは不条理系」「これはドッペルゲンガーもの」という風に。
ところが、この作品においては、このあたりでこうなるだろうという予想はことごとく裏切られました。それも、非常に意表をつく、しかもいい意味で。
最初は、仏間をちらっと見たときに女性の姿を見た、というところで終わるのだと思いました。→違った_| ̄|○
次に仏間で寝ることを命じられ、その夜、顔を切り刻まれたと思われる女性を見て、気を失う。というところで終わると思いました。→違った。_| ̄|○
ついには、いかに命じられたことを守らなかったとは言え、片目の視力を奪われてしまう。
おっそろしい話です。
これは、と感心したことをいくつか。
牡丹模様の着物と思ったのが、実は白い着物に血が飛び散ったものという描写。
なるほど。と思います。見間違えも、真相も、不自然さがない。
もしかすると、白い着物というのは白無垢だったのでしょうか? そう考えると、なおのこと怖くなる。
椀の中に、鯛の目玉が二つとも残っていた。
常には一つ食べていること、そして話者が片目を失明したこと、理不尽ではあるけれど、みごとに整合している。すばらしい。すばらしいけど、怖い。
今度は、ちょっとだけ気になったこと。
話の中の、最初の段落と最後の段落は、現在の咲子さん目線で語り、著者を目の前にして語っているように書かれていますね?
であれば、最初の段落も「さん」付けしたほうがいいんじゃないかな、と。
もうひとつ、膳の用意をするところで、「一対の箸」と表記されています。
これは、これでいいのでしょうか? 私もこの手の表記は不得手でよく知らないのですが、一膳の間違いということはないのでしょうか?
この手の「忌まわしい伝承」系の話はすっごく好きなので、どうしても高得点を付けてしまいます。
>それだけはお聞きにならない方がいいですよ――とやんわりと断られてしまった。
これはこの手の話の「お約束」ですが、よっぽどむごいことが過去にあったのだろうなと十分わかりますよね。
咲子さんが、出来事の理不尽さに怒ることもなく、ごく普通に受け入れている(らしい)こともまた、戦慄を誘います。
そうそう。
タイトルの単語の意味を知らなくて、調べてみました。
すばらしい。よく考えて付けられたタイトルと思います。
こう言ってしまうと他の作品の作者の方に怒られそうですが、今大会、無意味にこねくり回したタイトルはあっても、作品内容と合致する深いタイトルは、あまり見受けられませんでした。
著者同定が楽しみです。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070526114435
講評を読んでいて、ふと思ったこと。
人様のことをあれこれ言える立場ではないけれど、講評されている方々の中に、怪談の定義を非常に狭義で設定されている人がいるような。
それはたとえば、幽霊に代表されるような心霊系の出来事が起きていないから、「東京伝説系」だとか、「怪談ではない」とか。
そのノリで言うなら、初期の「超」怖い話の「不動前からの脱出」とか、日本とは思えないような町に迷い込んだ話とか、あのあたりはすべてアウトになってしまいませんか。
もちろん、常に進化するのが「超」怖い話ですから、今頃初期の話を持ち出しても仕方ないのかも知れませんが、「心霊系とは言い切れない」というだけで点数の低い話があったりするので、どうなんだろうと。
「超」怖い話ではないけれど、「新耳袋」のエピソードで、家の下に出入り口のない地下室があって、その部屋の壁に「日の丸」が描かれていたという話。
あのエピソード、気味がわるくて大好きなんですけど、超-1/2007の講評の流れから行くと、この話も「東京伝説系」という判断がされてしまいそうな。
幽霊=「超」怖い話ではなく、奇妙な話も「超」怖い話のカテゴリーだと思うんですけどねえ。
ストレートな幽霊話の方が、好まれるんでしょうか。
うわー。
最終日にこんな話が投稿されますか。
投稿した人、知ってか知らずか。
まあ、知らなかったということにしておきましょう。
投稿者性善説の「超-1」ですもの。
この話、ここで時々話題にするokwaveという質問サイトで、私が回答したものなんですよねえ。
「この話のオチ」というタイトルの質問でした。
以下質問全文。
この話の意味?オチ?みたいなのを教えていただきたいです。
二人の青年があるトンネルにやってきます。
そのトンネルは雨の日に通ると怪奇現象が起こると噂のトンネルで、二人はそれを目当てにしていたのです。 しかしなにもおこらず、なにもないじゃんと話していると、一人が急に黙り込み、「いま・・・聞こえなかったのか?」といいます。「え・・・?雨の音がすごかったし運転してたから聞こえてないと思うんだけど・・・」「聞こえてたんじゃないか」
http://okwave.jp/qa1864705.html
知らなかったのだから仕方ないという言い方もできましょうが、リサーチをおこたったという点で、問題とします。
文章とか体験希少度とか、論外。最低点とします。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070525042507
文章技術 +3 体験談希少度 +3 合計点【+6】
そうそう。こういうタイプの怪談もあるんだよなあ。
……と、今さらながら思い出した。
とにかく、お見事と言いたい。
目に見える、あるいは体験した現象よりも、その背後にあるものの方が、はるかに深く、おぞましく、哀しい。
ただ、一部の「地の文」で、「んー」と思ったところあり。
首をかしげるとか、そういうほどではなくて、私がそう感じた程度。
>不思議なことに水は澄んでいて、相当な深さがあるのか底は見えない。
「相当な深さ」の前に、軽い否定の語句を入れたほうがいいように思いました。
「なのに」「にもかかわらず」とか。
いえ、鍾乳洞内の地底湖とか、南国の澄んだ海とか、どんなに済んでいても底が見えない場合があるのは重々承知しておりますが。
>小さい美千代さんにはどうせ分からない。
地の文も美千代さん目線で書かれていると思うのですが、だとするならば、「どうせ」というのはどうなのだろう? と。
「なんのことか」「意味が」などのほうがいいような。
以上、あえて言うなら、というレベルで無理矢理見つけたことなので、ほとんど気にする必要はないかと。
当初、体験談希少度を+2としていたのですが、本作のような話は貴重であることに気づき、+3に変更。結果として合計点は+6になりました。
とにかく、「怪談というものは単に怖がらせるだけ」ではないということを再認識させてくれたことだけでも高得点を付けたいぐらい。
この清涼感はただごとではないですよ。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070519082945
文章技術 -2 体験談希少度 -3 合計点【-5】
八坂神社の前の道、片側3車線ぐらいあったんじゃなかったですかね?
どっちから来たか、どの車線を走っていたかによっても違うのでしょうが、特に書かれていないところを見ると国産車で、助手席に座っていたんですよね?
そういう状態で、センターライン付近に横たわる人間の姿を、ここまで詳細に観察できるものでしょうか?
>車が激しく行き交う道路の
と書かれている以上、徐行に近いスピードで走っていたわけでもない。
自分は目撃しているのにドライバーの友人は知らん顔という部分を怪異と思わせたいのでしょうが、不自然な部分が多すぎて、説得力は皆無。
怪異譚として評価する以前の問題。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070507063741
文章技術 +2 体験談希少度 +2 合計点【+4】
オーソドックスな幽霊屋敷譚だが、達者な文章によって読み応えのある話になっている。ただ、下記の部分、
>まるで掃除機で吸ったかのように、粒一つ見あたらなかった。
>しかしながら、朝日というのは些細な疑念など吹き飛ばすものらしい。
>おだやかな春光が、小窪さんの思考の一部を麻痺させたのであろうか。
>絶対おかしい怖い物凄く怖い嫌だ嫌だ。
>だけども……
>――そうだ。なめくじだ。ナメクジを子供が塩で溶かしたんだ。
>そういえば、子供の頃よくやったよ。
>疑問の答えを見つけたようで、気分が良くなった。
忌まわしい感じを、無理矢理押さえつけようとしている雰囲気を出すためなのだろうが、体験者の思考の流れとか読者の印象などを考えると、ちょっともたつく印象がある。
それと、おばさんが怒鳴り込んでくる部分。
現在ひとり住まいで、それ以前は空き家だったのはわかっているはずなのに、この行動は不自然。
(もちろん、このおばさんの行動も怪異のひとつと解釈することも可能だろう)
過去に何があったのかを読者に推察させる部分ではあるけれど、積み木のくだりなどでも察することは可能なので、思い切って刈り込んでもよかったと思われる。
盛り塩をしていた人物が幽霊(?)だったのは、意表を突かれた。いい意味で混乱させられた。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070507063703
http://stat.ameba.jp/user_images/50/25/10014148694.jpg
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/permalink/20070413103947
怪異のキモ部分だけで、これまた偶然と言われればそうなんだろうけどね。
中山昌亮 著 「不安の種」
秋田書店から1巻から3巻まで発行されています。
それらを所持している方がいらっしゃいましたら、1巻の43ページ、#8イモリさん という話を見ていただけませんでしょうか。
今、まったくたまたま手にとって読んでいて気づいたのですが、この話、「超-1/2007」の、画像で投稿された話そのまんまのように思うのですが、いかがでしょうか。
投稿された経緯等はまったくわかりませんので、「偶然だ」とか「事実なんだからしょうがない」と言われればそれまでなのですが、あまりにも「まんま」なので、驚きました。
判断に悩みましたので、報告等のリアクションはしないことにします。
「言葉狩り」に荷担するつもりなどさらさらないが、本日更新されている話の一つに、「土方」という単語が使われているのはいかがなものか。
この言葉に差別意識があるかどうかの論議はさておき、肉体労働者を「土方」と表現することについて、過去に差別表現として問題になったということは認識すべきではなかろうか?
察するに作者はそこまで深く考えていないのだろうけど。
もう少し言葉を選んだほうがいいんじゃね? ということだ。
このあたりにも、素人に投稿させる怖さというものはあるな。
「クロウリーの書」
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/permalink/20070214111609
たまたま某所で書き込みを見つけたんだけど、これを私が書いたと?
ふーん。
文体が違うような気もしますけど。
そもそも、ラブクラフト御大に寄りかかったような、こんな話は書きませんよ。
実話にせよ創作にせよ。
第一、ラブクラフトはホラー小説を書いてはいたけど、自身はそういう存在を信じていなかったんだぜえ。
それを知っている私が、あんな文章でしめるはずないじゃないの。
「見たんでしょうね」って、ラブクラフトがどこかで目撃譚を書いていましたかー?
それに、実話怪談は書けません、と何度もこのブログでも書いているだろうに。
本人がそう言っているのに、信じられないんですかねえ。
前回も今回も、「超-1」には応募していないし、今後もする気はないです。
加藤氏の怪談についての考えは、今までにも個人ブログで時折語られていたが、「超-1」2007においては、そのブログ内でコラムとして発表されていて、これが読み応えのある読み物になっている。
過日、実話怪談について書かれていて、くわしくは実際のコラムを読んでいただくとして、
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-log/blog.cgi/permalink/20070304050607
その中で、微妙な点があることに気づいたので、書き留めておきたい。
私自身は、自分は実話怪談の書き手にはなれない、と思っている。
理由は、採話出来ないから。
今まで自分が体験したことにしても、いずれも取るに足りないことであったり、自分の中ではすでに解決していたりすることばかりだ。
実際、もっとあれこれと話が集まるか、採話出来たなら、「超-1」にも投稿しただろうけど。
さて、通常実話怪談を採話する場合は、こういう流れだろうと思う。
体験者→語り→著者→文書化→実話怪談
この中で、体験者も著者も「正常と判断される精神状態」であることが前提になるかと思う。
少なくとも著者は、体験者と幼なじみか親子兄弟でもない限り、体験者が正常な精神かどうかを、体験談を聞きながら判断する必要はあると思う。
少々「イッチャッてる」人の話を、何でもかんでも真に受けていたら、軽率のそしりはまぬがれない。
加藤氏ほどの才人がそれに思い至らないはずはないと思うが、あえてそういう可能性は目をつぶっているのだろうか?
「この間、自分の部屋で知り合い数人といたとき、部屋の壁をすり抜けて、大男が入ってきました」
「それはレアな体験ですね。詳しく聞かせて下さい。そのとき、あなたたちは部屋で何をしていたのですか?」
「粉の上物が手に入ったので、みんなでパーティーを開いて、キメていました」
ここまで聞いて、その体験談を発表する人がいたら、馬鹿と言われても仕方ない。
あるいは。
ある程度の年配の人がいる。ごく普通に社会生活を営んでいる方で、見た目も普通だし、もちろん言動も同様。
実はこの方は、10年前にアルコール依存症から立ち直られた。
さて、この方が語る「11年前の体験談」は信ずるに足るだろうか?
少なくとも、その方が語る体験談とアルコール依存症の禁断症状を比較して、フィルタリングする必要はあると思うのだが。
「信じられないような」体験をした人が、「信じてもらいたい」がために、懸命になって説明する。
確かにそうだろう。
でも、精神を病んだ人もまた、自らの妄想を信じてもらえないために、懸命に語る傾向はある。
okwaveなどのQ&Aサイトを見れば、いくつかは簡単に見つけられる。
それらのほとんどは、典型的な関係妄想(盗聴、追跡)だったり、典型的な統合失調症の症状だったりする。
体験談を聞きつつ、そのときの状況などに疑問点が生じれば、その場で確認する必要はあるだろう。体験者の精神疾患の可能性も残しつつ。
そして、体験者の精神疾患が原因ではないと採話者が判断したなら、読者からそう言われないように文書化するのが、採話者の義務だと思う。
(もちろん、体験者の精神状態に疑問があるかのように含みを持たせて書く手法もある)
文章技術 -6 体験談希少度 +2 合計点【-4】
そこそこ書ける力のある人が、意識的にこういう文章にしている可能性はぬぐいきれない。それにしても、この題材にこの表現方法はどうかと思われるので、効果的な文章で書けていないという点で、最低点を付けた。
とにかく、このネタにこの書き方はいただけない。
すなおに受け取るならば、体験者=執筆者なのだろうが、その場ではどんなにパニクったとしても、文章化する時点で、もう少し冷静になってもらいたい。
ややこしい表現になるが、「パニクっている自分を、冷静に描写」してほしい。
すでに多くの方が指摘されているが、文章そのものがパニクっていてはいけない。読者はドン引きになる。
ひとつ念を押しておくなら、こういう表現が絶対いけないというわけではない。一人称表現で語り手自身がパニクる表現も、もちろんあり得る。それで面白さが出る場合もあろう。
ただ、実話怪談を語る場合にこの表現が適しているとは、どうしても思えない。
体験談希少度に関しては、なかなかのものだと思う。
普通の人がこんな体験をしたら、トラウマ必至だろう。
それだけに、この幼稚な文体が惜しい。
いずれ「超-1」終了の暁には、この方が他にどんな話を投稿されたかわかるだろう。それがわかれば、この方の真の実力がはっきりすると思う。それを早く知りたい気もするが、それはまた別の話だ。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070203084706
リライトにあたり、元作品には書かれていないことを書いた部分もあります。
その是非は、当然あるかと思います。
>もう十年以上昔、広尾くんが小学生の頃の話。
ラストで「懐かしそうに」とされているので、ある程度の年が経過しているのをはっきりさせた方がいいかと思い、書き加えました。
言うまでもなく、どれほどの年月が経過しているのかは、元作品では不明ですので、「十年以上前」というのは私の創作部分です。
>いたずら目的ではなかった。
深い意味はありませんが、広尾くんに悪意がなかったことを念を押しておいた方がいいかな、と。
>居間は、おばあさんがいた頃とほとんど変わっていなかったが、ただひとつだけ、違っていたことがあった。
>居間の中央にあるテーブルの上に、満々と水をたたえた水槽が置かれていた。
「ひとつだけ」という表現を前の文に付けました。
ほとんど変わっていなかった→ひとつだけ違っていた(何が?)→テーブルの上に水槽があった
という方が、読者の興味の流れとしては自然かと思いましたので。
>肘より先の腕が、水中でまるで踊るようにゆらゆらと漂っていた。
実は元の文章の「肘より先の腕が、水中でまるで踊るようにくるくると回っていた。」というのが、どういう風に回転しているのかわかりかねて、また、どういう風に回っていたとしても、それをどう表現したら読者にわかってもらえるか、うまい表現が思い浮かばず、逃げました。すみません。
>時間を忘れて腕に見入っていた広尾くんだったが、ふと、腕が変化していることに気づいた。
元の文章はこうです。
広尾くんは、しばらくその光景に見とれていた。
どれくらいの時間が過ぎただろう。
突然、腕に急激な変化が現れた。
ちょっとくどいかな、と。これは文章のくせとか好みとか、そういうレベルですので、元が悪いというわけではありません。
>その後まもなく、その家は取り壊されてしまったので、あの水槽や腕がどうなったのかはわからない、と広尾くんは言う。
元作品にはなかった部分です。
あとで確認しようにも、確かめようがなくなったことをはっきりさせた方がいいかなと思いまして。
>「怖い話」を聴かせてくれと言ったのに、
これも元作品にはなかった部分。代わりに「目を細めて」という部分を削りました。後者は、ちょっと年寄り臭くないかなと思い。前者は、「懐かしそうに」というのが唐突に思えて。
作者の方、失礼いたしました。<(_ _)>
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070216114703
【リライト】指輪
もう十年以上昔、広尾くんが小学生の頃の話。
広尾くんの家の隣に、おばあさんが一人で住んでいた。
温厚で上品なおばあさんで、遊んでいる広尾くんをよく家にあげては、お菓子などをくれてかわいがってくれた。
おばあさんは、彼が小学五年生になったときに亡くなり、身寄りのない彼女の家は、そのまま空き家になった。
ある日、広尾くんは空き家となったおばあさんの家に忍び込んだ。
いたずら目的ではなかった。
優しかったおばあさんと過ごした日々が忘れられなかったのだ。
庭から居間に通じる小さな扉に鍵がかかってなかったので、広尾くんはそこから侵入した。
居間は、おばあさんがいた頃とほとんど変わっていなかったが、ただひとつだけ、違っていたことがあった。
居間の中央にあるテーブルの上に、満々と水をたたえた水槽が置かれていた。
おばあさんが生きていた頃は、こんなものを見たことはなかった。
近づいてよく見てみると、水槽の底に銀色の指輪が一つ、沈んでいた。
指輪には何か文字が書かれていたが、外国語だったので広尾くんには読むことが出来ない。
彼はしばらく指輪を見つめていたが、その日はそのまま帰ることにした。
数日後、広尾くんは水槽に沈んだ指輪が気になって、再びおばあさんの家に忍び込んだ。
居間の上のテーブルには、まだ水槽があった。
そして水槽を見た広尾くんは息をのんだ。
水槽の中に腕が入っていた。
肘より先の腕が、水中でまるで踊るようにゆらゆらと漂っていた。
最初は怖がっていた広尾くんだが、そのうち好奇心が勝り、近づいて腕を観察することにした。
腕は左手で、ほっそりとした指と爪にマニュキュアが塗ってあるところから、女性のもののように見えた。
そして薬指には、前回見た銀色の指輪がはめてあった。
腕はまるで楽しんでいるかのように水中を舞い続けている。
時間を忘れて腕に見入っていた広尾くんだったが、ふと、腕が変化していることに気づいた。
どんどん色が黒く変色していき、肌が皺くちゃになっていく。
それでも腕は舞い続ける。
腕からしみ出る体液で水が濁っていく。
そして最後には肉がほとんど溶け落ち、最初とは比べ物にならない程、醜く汚い姿になってしまった。
ほとんど骨だけになった指から指輪が外れ、水槽の底に落ちた。
同時に、腕も力尽きたように底に沈んで動かなくなった。
広尾くんはそこで初めて怖くなって、家から逃げ出した。
その後まもなく、その家は取り壊されてしまったので、あの水槽や腕がどうなったのかはわからない、と広尾くんは言う。
「おばあさんが銀の指輪をしてた覚えはないから、あの手は彼女のものではないと思うんだけど……」
「怖い話」を聴かせてくれと言ったのに、広尾君はなぜか懐かしそうに言った。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070216114703
今回、講評は遠慮させていただこうかと思っていたのですが、しっくりと自分になじんだ話だったので、講評させていただくことにしました。
ご了承お願いします。
文章技術 +2 体験談希少度 +3 合計点【+5】
すんなりと読めました。
おばあさんは好人物として語られているので、腕とのかかわりなどが非常に気になるところですが、そこが語られていないのは、成功だと思います。
下手に語ってしまうと、この気味悪さは失せてしまうでしょう。
いくつか、表現でこうした方がいいんじゃないかなと思う点があり、ご批判を承知で、リライトさせていただきました。
私の読解力不足によるものもあるかと思いますので、失礼はお許し下さいませ。
また、なぜその部分を書き換えたかというのを、別記事に載せますので、ご参考まで。
http://www.chokowa.com/cho-1/2007/entry-blog/blog.cgi/20070216114703
超-1の採点において、誤字脱字は減点対象にはならないとのこと。これは前回でも同様であった。
誤字脱字はあとで修正可能だから、というのがその理由。
正直なところ、これには首をかしげている。
確かに、どんなに何度も見直しても、見逃すことはある。
しかし、ちょっとこれはひどすぎるだろうと思えるほどに誤字脱字があるというのは、全く推敲していないと判断されても仕方ないのではないか。
自作品も講評する義務がある超-1、客観的な視点で自作品を見なければならないのなら、投稿前にもその視点で見てしかるべきではなかろうか?
もうひとつ。
これは、誤字脱字ではなく、語句の使い方に疑問がある場合。
すでにコメントでも指摘されているようだが、「嬌声」という語句に首をかしげる。
他に、「おくゆかしい味」というのもあった。
「おくゆかしい」というのは、味に対する表現だったっけ?
ちなみに、辞書ではこうなる。
嬌声
きょう‐せい【嬌声】 ケウ‥
(女の)なまめかしい声。
おくゆかしい
おく‐ゆかし・い【奥床しい】
〔形〕(文)おくゆか・し(シク)
(「奥行かし」の意)
(1)知りたい。見たい。聞きたい。源氏物語(橋姫)
「あはれにおぼつかなく思しわたる事の筋を聞ゆれば、いと―・しけれど」
(2)奥深くて慕わしい。深い心づかいがあって引きつけられる。
源氏物語(末摘花)「ざれくつがへる今やうのよしばみよりはこよなう―・しうおぼしわたるに」。「―・い人柄」
広辞苑 第五版 (C)1998,2004 株式会社岩波書店より
えー、いまのところ超-1/2007の講評はしていませんが、作品は読んでいます。
読みながら思うことは、作品としての出来の善し悪しは別にして、各著者の方々は、いろいろな表現方法を考えた上で、その作品を投稿したのだろうか? ということ。
今回の超-1が開催される前に、新著者のトレーニングとして、「自主トレ」が発表されていたけど、あれ、どれぐらいの方が読んでいたんだろう。
トラックバックやコメントの少なさからして、あまり注目されていなかったようなのだが、あれ、ものすごく勉強になると思うんだけど。
同じ「ネタ」でも、これだけのバリエーションが可能なのかということ、どの部分に重心を置くかということ、怖さメインで行くか、滑稽さメインで行くか、などなど。
文体も含め、どういう風にすればネタをもっとも効果的に表現できるか、これほどの教材はないと思う。
今からでも遅くない。投稿を考えている人は、新著者の自主トレを読んで、いろいろな書き方にトライしてみて、投稿してほしい。
ついに今年も始まりました。
今回は2006大会のレギュレーションからかなり変更されました。
講評の点数がかなり細かくなったり、投稿作品の最低投稿数が1点となったり、郵送投稿はNGとなったり、さまざま。
前回の戦いをくぐり抜けて、あるいはその戦いぶりを目にしてか、今回は初っぱなからなかなかのレベルだと思います。
少なくとも、単なる自然現象を書いて「実話怪談」と称しているようなものはない。(あくまで今のところ)
ところで講評ですが、悩んでおります。
現在のプライベートの状況から鑑みて、講評コンプリートは無理のような気がします。コンプリートしたいのは山々なんだけど。
そこで、特にいい作品、特に問題のある作品のみに絞って講評しようかなあ、と。
この方法ですと、これといって印象のない作品は講評しないことになってしまいますが、今回の審査方法に従う限り、「ひと言講評」はできませんので、ある程度は仕方ないかもしれません。
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